生長の家岡山県教化部
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地方講師リレー随筆
「生長の家」と私
 「生長の家と私」(NO.87)
河面 正子 

 母が生長の家に触れたのは、昭和18年頃でした。「主婦の友」という雑誌に掲載されていた生長の家のお話を読んで感動し、倉敷で開催される生長の家の講演会を聴きにいくようになりました。
 続いて祖母が信仰するようになり、それから叔父2人が入会しました。すると、今まで怪我や病気のたえなかった家庭が、明るく健全な家庭に変わり、怪我や病気が消えてしまいました。そんな中、私はスポーツ等に熱中しながら楽しい中学・高校生活を送ることが出来ました。高校生の時には、倉敷新渓園で行われた講演会に子供のお守りをしながら受講していました。話の内容は覚えていませんがとても会場の雰囲気が良かったです。
 そして、昭和32年に結婚し、主人の仕事の関係で大阪へ10年程住むことになりました。その間、実家の母が毎月白鳩誌を送ってくれたので拝読させて頂きました。3人の子供に恵まれ、み教えのお陰で特に問題もなく、しあわせな日々の毎日でした。
 昭和41年舅が亡くなり、急遽岡山市へ帰ることになり、主人は尾道、広島へ単身赴任するという忙しい生活となりました。
 その後、主人が岡山での新しい仕事に落ち着き、子供達も大きくなると近くの誌友会に参加するようになりました。それからは、地区の会計、講習会のお手伝い、そして生命学園の厨房のお手伝いをさせて頂いたのが縁で、吉備練成会の厨房奉仕の一員とならせていただきました。
 現在定年にはなりましたが、平成5年より私宅で開催している誌友会も続行中です。これからも練成会の厨房のお世話をさせてもらい、講師としての人生勉強、地域のお世話を一所懸命頑張らせて頂き、人類光明化運動に邁進させていただきます。
 今の私の信条は、「毎日明るい笑顔で、楽しくニコニコ感謝、万事好都合」です。

  
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